恋愛依存症の20代キャバ嬢がキャリアデザインを考え転職するまで

2020年7月24日

私は去年、キャバ嬢をやめアパレル関係の仕事に転職をしました。今ではこの決断は正しかったと思います。転職をしようと考えてから数年間なかなか決心がつきませんでした。今回転職決意するきかっけとなった出来事とコーチングを受けて20代でキャリアデザインを真剣に考え、実際に転職できたことについて書きたいと思います。

当時の私は22歳で独り立ちの資金を貯めるためキャバ嬢として働いていました。仕事のストレスからか恋愛依存症になり彼氏が4人ほどいて、さらにホスト通いがやめられず、結果として貯金ができない日々でした。そんな自分を愛することができず、自殺願望を持つなど精神的に弱り、ますます恋愛やホストにはまっていく。そんな悪循環に陥っていました。

環境を変えて新しい人生を始めるために転職を考えていましたが、なかなか行動することができませんでした。

そんな私に転職を決意させる出来事が起きます。

 私は母と妹の三人家族なのですが、母が突然、私たちに父に会ってきてほしいと頼んできました。父とは私と妹が小さいころ、家をでていって以来会っていませんでした。私は父のことをほとんど覚えていないですし、妹に至っては全く記憶がないはずです。父は肺がんでもう長くないとの話でした。別に記憶もないない父が死んでしまうことは悲しくもなんともなく、母から父の名前を聞くことが初めてでそのことが驚きでした。とにかく私たちは約15年ぶりに顔も覚えていない父に会いに行くことになりました。

結論から言うと父には会えませんでした。私たちが父の実家についたころにはもう亡くなっていたのです。初めて会う(実際は会ったことがあるが私は覚えていない)父方の親戚の方たちは思いのほか優しく迎えてくれました。これまで全く意識してこなかった、ほぼ他人のような人たちに親戚として迎えられるのはとても変な気持ちでした。彼らにとって私たちは、小さなかわいい赤ちゃんが成長した姪っ子ですが、私たちにとって彼らは今日初めて会った人たちなのです。それは父の母であるおばあちゃんを含めて。

父の葬式でも、私と妹はやっぱりまだ悲しいとは思えませんでした。先ほど父には会えなかったと書きましたが、生きている父には会えなかったという意味で、死んでしまった父には会いました。家に父の写真なんてありませんでしたから、物心ついてから初めて父の顔を見ました。初めて見る父はなんだかやっぱり私の父という感じでした。

 父の遺体を焼いている間に、私はおじさんに、「父を恨んでいるかもしれないが、最後だけでも見守ってくれてありがとう」と感謝を述べられました。父の遺骨を親戚の方々が箸でつまんでいる姿を見ながら、私は考えました、私は父を恨んでいるのだろうか?そもそも父というものを意識したことがほとんどありませんでした。

父の不在を寂しいと感じることなく、そして父を恨むということさえなく私たちはしっかりと母に育てられてきたのだと思いました。母は父と別れてからずっと一人で私たち二人を育ててくれたのです。女手一つで苦労もしたことでしょう。そんな苦労を感じさせることもなく何不自由なく私たちは育てられてきたのだと気づきました。

父のお葬式へ行くことで、今まで存在していなかった父を意識し、そのことで母の強さや、そして母からもらったたくさんの愛情に気が付いたのです。

私たちを愛し育ててくれた母のように強い女性になりたい。私を愛してくれた母のために、自分を愛さなければいけないと思いました。

その時私は、転職をして新しい生活に進む決意をし、真剣にこれからのキャリアデザインを考えたいと思いました。そして以前から知っていたコーチングに初めて申し込みをしました。このコーチングによって私がすっかり忘れてしまっていた、好きなことや、得意なことを思い出すことができました。

母は裁縫が得意で、私や妹の洋服をよく作ってくれました。母に言わせるとお金がないので仕方なく作ったそうですが、休みの日、私たちの隣にミシンを並べ楽しそうにミシンをかけている母と、そんな母と一緒にいられる時間が私は大好きでした。母が私に創ってくれた洋服は、いつもおしゃれでかわいくて、他のどこにも売っていない私だけのもので、そんな母の服を着ると私はいつも幸せでいっぱいな気持ちになりました。

私も誰かをこんな風に幸せな気持ちにしたい、そんな気持ちで小さいころから母に裁縫を習い、今でも時々自分で洋服を創っていました。だから一時はデザイナーを目指したこともありましたが、自分なんかがデザイナーになんてなれるわけがないと思い、諦めていたのです。

そんな時にコーチングで「10年後はどうなっていたいか?」という質問をされ考えました。

やっぱり好きなことを仕事にして、生き生きと働いていたいと思いました。そしてまずはやってみよう!と決意しました。デザイナーにいきなりはなれなくても、洋服をつくることから始めてみようと思いました。そしてアパレル関係の仕事に転職し、今はお客様から預かった品物を直す仕事についています。将来はマーチャンダイザー(商品の企画から販売まで考える人)になるのが夢です。20代のうちに真剣にキャリアデザインを考えて本当に良かったと思いました。

恋愛依存症で自分を愛せなかった私は、父の死をきっかけに母の愛に気づき、自分を愛せるようになりました。そしてコーチングを受けて転職に踏み出せたのです。コーチは私の忘れていた、やりたかったことを思い出させてくれて、一歩踏み出す背中を押してくれたのです。