脱サラしてバーを立ち上げた男性。コーチングを受け決意

2020年9月9日

私は今、都心の某所でバーを経営しています。私はいわゆる自営業者です。個人経営の店ということもあり、小ぢんまりとした空間ですが、お客さんとの距離も近く、常連になってくださる方も多いです。働いてくれている従業員は若い子たちが多く、40代の私も彼らから活気を貰って毎日の仕事に励んでいます。40代のサラリーマンというと、収入も社内での地位も上がり、次第に仕事が退屈に感じられると思います。ですが、私は未だに新鮮な毎日を送り続けられています。

店をオープンしたのは10年近く前で、それ以降は私なりにあらゆる工夫して店の質向上に努めてきました。そういった努力が功を奏したのか、今はそれなりの収益を得られています。とはいえ、今でこそそれなりの収益を上げられているわけですが、ここに至るまで色々な苦悩に苛まれてきました。自営業というのは、たかが2,3年で軌道に乗るようなものではありません。赤字がしばらく続いた期間もありました。それでも私はめげず、自分のできることを日々模索して実行していました。そういった下積み時代のクセがついたのか、未だに店をより良いものにしていきたいという気概を持つことができています。

では私は起業する以前は何をしていたのかというと、大学卒業後に広告関係の企業に就職し、働いていました。この頃は特に悩みもなく、ただその時与えられた仕事を全うしているだけでした。もし当時の仕事を今の私がこなせと言われたら、退屈で投げ出してしまうでしょう。よく昔の自分は何も思わないで仕事をしていたなあと思います。20代のうちはずっとこんな感じで特になんの疑問も抱かず、年々徐々に上がっていく収入にぬか喜びしていました。

そんな私が疑問を抱くようになったのは、30代になってからの頃でした。私は特に頑張っていたつもりは無かったのですが、なぜか高い評価を受け、課長に精進する話を持ちかけられました。私自身、「なんで自分が?」と思いましたし、何しろ当時の年齢で課長精進の話は一般的に言って相当早い部類です。私はひとまず精進することに決めました。しかし、いざ課長という立場になってみると、全くしっくりとくるものがありませんでした。私と中間管理職との相性がそもそも悪かったのでしょう。

相性が悪い仕事を続けようと思うほど、私は鈍感ではありません。ですが、私はすぐに退職を願い出ることはありませんでした。というのも、退職した直後に起業を考えるようになっていたのです。自分のやりがいを持ってできる仕事を考えた時に、起業して自分が一企業のトップに立ち、前線で戦っていくしかないと思っていました。とはいえ、起業するのにはそれなりの費用がかかります。確かに課長という仕事は自分に向いていないとは思っていましたが、それでも貯金のためにしばらく続けることにしました。

人間とは不思議なもので、決意したらすぐ行動しないと気概というものは削がれていってしまいます。私も例外ではなく、課長をしばらく続けているうちに起業する気概が無くなってきてしまいました。「今の仕事を続けていた方がいいのではないか」という考えだけでなく、「起業するのなんて面倒くさい」という思いまで浮かんでいたのです。

客観的に見た時にこれはマズイと思い、コーチングを受けることにしました。コーチングによって私の起業しようという気持ちは復活し、一刻でも早く起業しようという決意が固まりました。コーチングを受けた翌日には会社に退職願を申し出ました。もちろん会社からは猛反対を受けましたが、なんとかそれを振り切って退職することにしました。

さて、いざ起業した私ですが、最初はなかなか大変だした。初めの1年前後は赤字続きでしたし、生活がだいぶ困窮していたこともありました。月々の家賃や光熱費の支払いがとてつもなく億劫だったことを今でも覚えています。ですが、それでも私は屈することなく「今できることをやるしかない」と思い、日々改善点を探して店の質を上げていくことに尽力し続けました。また、次第に従業員も集まってきてくれたので、彼らのことをがっかりさせるわけにはいかないという責任感も、私を駆り立ててくれました。

あれから数年経った今、お店の経営は無事軌道に乗りました。起業当初から私にずっと付いてきてくれていた従業員も少なくないので、ここまで私とお店を支え続けてくれている彼らには感謝しかありません。そして徐々に私のお店の常連さんも増えてきました。常連さんが定期的に遊びにきてくれるおかげでお店が存続できているわけですから、彼らにも感謝です。

今でこそ安定したからいいものの、起業した当初は不安ばかりでした。そして何よりも、コーチングを受けなければそもそも私が起業することは無かったかもしれません。あの時コーチングを受けたことで自分の背中を押してもらい、今に至ります。自分の楽しめる仕事に従事できているのが本当に幸せです。